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Channel: 伏見顕正(あきまさ)の「時を斬るブログ」
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【麻生の乱⑨】宏池会の歴史、宮澤喜一と「加藤の乱」①無限拡散

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鈴木善幸は元々は社会党の代議士であり、「調整型の政治家」であり、党務はできるが、外交、特に日米同盟には無知であった。

岩手県の漁師の息子で、水産学校しか出ていないと言えば、それまでだが、逆に出身校を見ると、彼が「血の穢れ」の無い純粋な日本人の証明となる。

★じゃあ、何故、宏池会には東大出の大蔵官僚出身者が多いのか?

ずばり、部落民の出自を隠すためである。

≪宏池会・宮澤モデル≫

部落民の貧しい青年が、同じ部落民のネットワークで資金援助を受けながら、苦学して東大に入学する。

そして、霞が関の高級官僚になり(できれば大蔵省)、同じ部落出身者の東大出の有力者の娘と結婚して

役所を辞めて、選挙に出て、政治家になる。そして、引退後は、息子に世襲する。この繰り返しである。

宮澤喜一の実父、裕(ゆたか)は、明治17年、広島県の電気もガスも無い部落(宮澤喜一が日経「私の履歴書」で書いてある)から脱出するために、

京都に行き、市電の運転手をしながら、学費を貯めていた。その時、有る篤志家がポンと大金を出してくれて、東大に入学できた。

篤志家は誰とは、書いていないが、同じ階層の金持ちだったのだろう。

裕は、卒業後、内務省の役人となるが、山下汽船に転職し、社長の山下亀三郎に可愛がられ、山下の親友の小川平吉(部落民)を紹介され

小川の娘と結婚する。出来た子供が喜一と、弘である。弟の弘も、東大を出て、内務省に入り、後、広島県知事、参議院となり、村山内閣で

法務大臣を務める。

息子の洋一は東大卒業後、大蔵省の役人となる。後、片山さつきの上司となり、ヒステリーを起こした片山から、物を投げつけられる被害者となっている。

引退した叔父喜一の地盤を継いで、衆議院議員となる。

★経済産業大臣当時、政治資金収支報告書の記載で、広島市内のSMバーへの支払いが問題となり、追及される。

★広島県福山市内のパチンコ店ゴールド(50%韓国資本)から、40万円の寄付を受けており問題となる。

鬼塚英明氏の著書によると、池田勇人の実家は貧しかったが、母親は「出世しろ」としか言わなかったらしい、そこに、学費援助してくれる

足長おじさんが現れた同じ部落民の宮澤裕(喜一の実父)である。

≪宮澤家の息子達は何故、必死に勉強して東大に入り役人になろうとするのか?≫

私は、大学時代に読んだ岩波新書「ナポレオン」の一節を思い出した。嘆いたナポレオンはこう言う

「王は戦争に負けても王だが、私は戦争に負けたら王ではなくなる」

言いかえると

「平民は東大に落ちても平民だが、新平民は東大に落ちたら只の穢多・非人に戻る」

宮澤部族に当てはまる言葉だと思う。

宏池会とはそういう派閥なのである。

*写真は部落三代世襲のホープ、宮澤洋一

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