3柱(年柱、月柱、日柱)だけでは、本性を解析できない人のために、今回から、時柱を当てる推時黄金律を駆使して、「はらわた」の中まで明らかにしたいと思います。ネットでわざわざ、皇族方の誕生時刻を収集してくれた有り難いポトスさんの
様には、敢えて、推時黄金律を使用するつもりです。私の思い入れが有りますから、悪しからずご了承ください。
さて、皇后様ですが、前回記事の時(今年1月)の時は、私は未だ、皇后様に関しては「お花畑」で、すっかり騙されていました。しかし、その後の「A級戦犯発言」や、「BBの覚醒記録」さんの記事やポイントをついた写真を見るために、皇后さまとい
う大根女優に幼少の頃から、すっかり騙されていたことを知り、怒髪天を衝くほどの怒りを覚えました。
私は、社会人になるまで直系家族で、祖父母、両親、兄弟の三世代で、一戸の家に住んでいました。特に祖父は先帝様の一歳年上、香洵皇后は、祖母の一歳上でした。私は東宮の2歳年上で、弟は秋篠宮と同い年です。
そういう、偶然の年の近さもあり、当時TVで「皇室アルバム」を見るたびに、「理想の家族」を連想して、憧れていました。
特に、マスメディアが囃し立てた「美智子妃いじめ伝説」には、深く同情しました。しかし、「いじめ伝説」は都市伝説にすぎなかったでしょう。後で詳しく述べますが、この方は苛められて「よよ」と泣くような柔な女性ではありません。むしろ執念深
く、しっぺ返しして、相手を畏怖させるような怖い人です。それでは、命式を見ていきましょう。
皇后様
1934年10月20日生まれ(81歳)
上 中 下 宿命星 十二運 吉凶星
年柱 甲 戌 戊 比肩 偏財 養 華蓋
月柱 甲 戌 丁 比肩 傷官 養
日柱 甲 子 癸 印綬 沐浴
時柱 辛 未 己 正官 正財 墓 天乙貴人 寡宿
【戌亥空亡】
【総合所見】
①現在は宿願の皇室の「女帝」、国民も徐々にその本性を知って心が離れていく。2017年が大きなターニングポイントになる。
①については
子と未が害「がい」を形成します。両親不仲の暗示です。この害「がい」が有るために天乙貴人が死んでしまいました。華蓋(かがい)は宗教と芸術の星です。聖心女子大で洗礼まで受けたこの方にピッタリです。しかし、自業自得とは言え、一
人娘の黒田清子さまにも、見放されたのはさびしくて哀れです。サーヤは「自分に対する母親の依存の強さに嫌気がさしていたそうです。本音は「もう私に依存するのは止めて」と言ったところでしょう。女親が、一人娘に甘えるのは世の常で
す。しかし、聡明な清子さまから見限られるとは、余程我慢できないことが有ったのでしょう。清子さまは両親を見限って、夫婦そろって、秋篠宮邸に定期的に訪問しているようです。眞子、佳子両内親王からは子供のころから「ねえね」と呼ば
れて、家族同然のお付き合いでした。清子さまは、ご自分の「皇室の有り方」というか、「皇室論」をお持ちで、かなり、率直に、雅子碑にも直言したらしいですか、そこは、雅子のこと、「逆恨み」をしちゃったそうです。
正官と印綬が、パワーラインを形成します。組織の中で相当の所まで出世する暗示です。1個の正官と正財と偏財が二重にパワーラインを形成します。【正官と財星のパワーライン】です。組織を抑え込む力が有ります。今、既に、皇族には抵抗
するものもなく、【事実上の女帝】です。日本皇室史上初の女帝です(笑)過去には女性天皇も何人かいましたが、皆未婚でした。ですから、女性天皇です、皇后さまは今上陛下という配偶者がいるのに、【皇室を事実上牛耳っています】
寡宿(かしゅく)が有ります。【何かと露骨なふるまいをする人】です。悠仁親王に、靴の片方しかプレゼントしない。「後は大きくなってからね」・・・まるで悠仁親王に成人してほしくないのかと言わんばかりです。「暗殺でもする気ですか
ね」この皇后さんは、一番怖かった昭和天皇は辛抱強く死ぬのを待って、先帝様死後、車椅子の人となり弱った香洵皇大后には、最も信頼していた女官を、皇后さまが強引に解雇し、寂しくなった皇太后が、その女官と電話で話しているとき、侍
従に命じて、電話を無理やり取り上げるなどの暴挙をして、皇太后を失意のどん底に落とし込み、死に追い込みました。
そして、次のターゲットが、髭の殿下と親しまれた三笠宮仁殿下です。仁殿下は、昭和大帝を心から尊敬していましたから、平成の世になって、美智子皇后主導で皇室が「本来あるべき姿」から、著しく変質していくのに強く悩まれていまし
た。率直なと人殿下のことだから、一度ぐらいは今上陛下に直言したであろうことは想像に難くありません。しかし、皇后様の尻にひかれている今上陛下では暖簾に腕押しだったでしょう。
仁殿下は、ストレスが溜まって、アルコール依存症になり、それを止めた妻の信子妃(麻生元総理の妹)とも険悪な関係となり。DVまで振るうようになりました。ガン末期の仁殿下は、意地になり、喪主を、信子妃を外して、長女の彬子女
王を任命しました。娘たち二人、彬子女王と、瑤子女王は父親側につき、挙句の果てに、母親の信子妃を皇室から追放するクーデターまで起こしかけました。
こうした、三笠宮家の内紛を、皇后さまは、一か月前の週刊文春で「非常に憂い手おります」などと白々しくおっしゃっていましたが、三笠宮仁殿下の年齢にしてはお早い薨去と死後の内紛の原因は全て皇后様に有ります。ご自分でも自覚が有
って、ああいう白々しいコメントをしたのでしょう。
昭和大帝も香洵皇后も逝き、唯一の目の上のたんこぶの三笠宮仁殿下も薨去されて、皇族内に、自分に反抗する勢力はいなくなりました。仁殿下が無くなった2012年から「女帝」の地位と権力を固めたのです。
皇后様の性格を表すのは日柱十二運の「沐浴(もくよく)」で説明できます。私の師匠は、わかりやすく【行動型】と名付けました。特徴は
①人間には「敵」と「味方」しかいない。
②やられたら、必ずしっぺ返しをする。
③気に食わない部下は、即刻飛ばしてしまう。
④逆境に強い
以上です。
「苛められて、めそめそ」なんて、柔な女ではないんですよ(笑)
私の最愛の亡父がこの性格類型だったので、良くわかります。生前、口げんかなどをしたら、しばらくして必ず言い返してきました。ご近所づきあいでも好き嫌いは非常にはっきりしていました。サラリーマン時代も逆らう部下はあっという間
に飛ばしていました。非常に逆境に強い人でした。
東宮ともども世話になった侍従はいつの日か、皇后様にとっては、「敵」になったのでしょう。その侍従の葬式を無視し、浩宮にも行かせませんでした。
「聖書事件」でこっぴどく先帝様に叱責された時は、ひれ伏したと言われていましたが、それも何のこと、写真では、昭和天皇お言葉の最中香洵皇后が低頭するなか、美智子皇后は意地を張って低頭を拒否し続けました。
今や、外にお出ましの時は、自分が颯爽とせんとうを切ってお歩きになり、後からおつきの物の様に今上陛下がついて言っています。歴代の皇后は、香洵皇后の様に、天皇陛下の三歩後ろを歩き、お言葉中は、低頭が常識でした。
そもそも、沐浴(もくよく)という言葉は、風呂に入る、湯あみするという意味なので、【行動型】の人は、外で、チョンボしたり、いじめられたりしたら、家に帰って、風呂場に行き、素っ裸になって、頭からお湯をかぶり、もう一度やって
やるぞという逆境に強い性格です。何度負けてもくじけずこのパターンを繰り返します。
沐浴=【行動型】の有名人には、元総理の田中角栄と、岸信介(安倍総理の祖父)がいました。田中角栄はロッキード事件で逮捕され、保釈金で釈放された後は、自分の足を引っ張った、政治家には次の衆院選で必ず対抗候補を立てて、落選さ
せてしまいました。
皇后さまもきつく、露骨な性格なので、男に生まれ、政治家になればベストだったと思います。
そういう怖い人ですから、秋篠宮ご一家は千代田(皇居)には、あまり行かないほうが良いでしょう。悠仁親王が毒殺される恐れがあります。どうせ、ご機嫌伺いに行っても、両陛下ともに、次は東宮―愛子ラインで行くという発言があちこち
から漏れ伝わってきていますから。お伺いしても無意味です。悠仁親王がご誕生遊ばせた時の、今上陛下のお言葉が、「健康な男児が生まれてよかった」からですね~(笑)男児じゃなくて【親王】ではないでしょうか。
「美智子は、愛子に継がせたいんだよ」などの発言もありました。
そもそも、皇后様入内に際して、GHQや媚米クリスチャンの圧力が有ったとしても、最悪の入内でしたね。美智子皇后の入内も、皇室を内部から壊してゆく、GHQ-ユダヤ勢力―共産主義者のフランクフルト学派の深慮遠謀でした。
フランクフルト学派については、過去記事で詳説してあるので後で読んでおいてください。
よりによって聖心女子大で、カトリックの洗礼まで受けた女性。神道の大本山に嫁ぐのに、キリスト教の洗礼まで受けた女。入内するためにはカトリックを棄教すべきでしたね。おまけに皇居に「聖書」を持ち込む常識の無さ。
挙句に、義弟の義宮(現、常陸宮)まで、キリスト教を勧誘して、昭和天皇の逆鱗に触れる。
カトリックの女子がいれば聞きたいですが、洗礼まで受けていれば、棄教は困難なのでしょうか?
普通の日本人ならば、信仰の対象がマリア様でも、日本人として皇室と神道に敬愛はもてるはずです。
おまけに、入内交渉の時放った、実母正田富美子の言葉「子供のころから、天皇家が偉いという教育はしてません」度肝を抜かれましたが、良く考えてみると、この問題発言は部落解放同盟の主張と同じです。
部落解放同盟は、【天皇制を否定】していますから。雅子碑入内事件の時に勝るとも劣らない【無理な入内】だったんですね。ただ敢えて良い点は3人子供を産んで、一人を除けば、二人は非常に優秀だという事です。
本日、お誕生日だそうで、左翼公共放送のNHKの質問について回答らしきものをやっていました。それを論難したいと思います。
(皇后様)今年は自然災害が多かった。
(伏見)それは皇后さまが祭祀を極度に簡略化して、サボタージュされてきたからではありませんか?平成になって、巨大災害ばかりです。昭和時代は平和でした。魂を込めて誠心誠意祭祀をされましたか?
鬼怒川の決壊には、被災地の御慰問にいかれましたか?
(皇后様)今年は戦後70周年に当たり、孫の愛子と戦争について話しました。
(伏見)2番目の回答に早速愛子様ですか(笑)余程、「愛子女帝計画」にご執心なのですね。将来の天皇になることが約束されている悠仁親王に関しては、4番目の回答でほんの付け足しに出てくる程度。皇位継承順位についての挑戦ですか?
私からの要望を謹んで言上します。
①もう、お遊びの公務は止めて、皇后としての祭祀を紀子妃殿下に間違いなく全て、お引継ぎを完了してください。皇后さまが、皇室の祭祀を絶やすために、引き継ぎもせずあの世に持っていく所存であることは既にわかっています。
②バチカンを意識した、品の無い皿型帽子は即刻お止め下さい。もしやめる意思が無いのなら、今後海外でのご公務はもう結構です。東宮同様(知性の問題)世界の王室貴族から笑いものになっています。皇居をバチカンのアジア支店にしな
③いでください。世界の常識では日本皇帝(天皇)はローマ教皇を超えた、世界最高の権威です。海外で身分もわからない一司祭に深々と礼をすることは金輪際お止め下さい。
④完全に昼夜逆転し、徹夜して朝の8時に就寝する皇太子妃にどのような公務をさせるかのお考えを国民に明確に説明してください。
それでは、皇后様の向こう7年の運気を見ていきましょう。
2015年 81歳 乙未 劫財の年・・・一年を通して疲れ切る年でした。8月9日の宮内庁病院で心筋虚血の検査を受けたのも関係しているでしょう。
2016年 82歳 丙申 食神の年・・・一年を通してのんびり過ごせるでしょう。
2017年 83歳 丁酉 傷官の年・・・けじめをつけられる厳しい年です。天干の丁と命式の未で丁未になり羊刃を呼び込みます。不慮の事故にも注意です。
2018年 84歳 戊戌 偏財 空亡の2年間が始まりました。持病の心臓病の悪化にご注意です。
2019年 85歳 己亥 正財 空亡の2年目です。
大運を見ると、84歳~94歳は、乙丑―劫財 -冠帯で、劫財の10年間ですから、かなりしんどい10年間です。
皇后さまは再来年、2017年に大きな変化にさらされるでしょう。そして、この年が【皇室問題】が政治問題として本格的に動き出すときです。ですから、秋篠宮殿下擁立派の保守日本人は、諦めずに、鑑定に、廃太子、廃妃のメールを辛抱強く一人でも
多く、根気よく送り続けたほうが良いでしょう。
以上
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鑑定の御相談は下記メアドまでご連絡ください。
harunohi807@gmail.com
様には、敢えて、推時黄金律を使用するつもりです。私の思い入れが有りますから、悪しからずご了承ください。
さて、皇后様ですが、前回記事の時(今年1月)の時は、私は未だ、皇后様に関しては「お花畑」で、すっかり騙されていました。しかし、その後の「A級戦犯発言」や、「BBの覚醒記録」さんの記事やポイントをついた写真を見るために、皇后さまとい
う大根女優に幼少の頃から、すっかり騙されていたことを知り、怒髪天を衝くほどの怒りを覚えました。
私は、社会人になるまで直系家族で、祖父母、両親、兄弟の三世代で、一戸の家に住んでいました。特に祖父は先帝様の一歳年上、香洵皇后は、祖母の一歳上でした。私は東宮の2歳年上で、弟は秋篠宮と同い年です。
そういう、偶然の年の近さもあり、当時TVで「皇室アルバム」を見るたびに、「理想の家族」を連想して、憧れていました。
特に、マスメディアが囃し立てた「美智子妃いじめ伝説」には、深く同情しました。しかし、「いじめ伝説」は都市伝説にすぎなかったでしょう。後で詳しく述べますが、この方は苛められて「よよ」と泣くような柔な女性ではありません。むしろ執念深
く、しっぺ返しして、相手を畏怖させるような怖い人です。それでは、命式を見ていきましょう。
皇后様
1934年10月20日生まれ(81歳)
上 中 下 宿命星 十二運 吉凶星
年柱 甲 戌 戊 比肩 偏財 養 華蓋
月柱 甲 戌 丁 比肩 傷官 養
日柱 甲 子 癸 印綬 沐浴
時柱 辛 未 己 正官 正財 墓 天乙貴人 寡宿
【戌亥空亡】
【総合所見】
①現在は宿願の皇室の「女帝」、国民も徐々にその本性を知って心が離れていく。2017年が大きなターニングポイントになる。
①については
子と未が害「がい」を形成します。両親不仲の暗示です。この害「がい」が有るために天乙貴人が死んでしまいました。華蓋(かがい)は宗教と芸術の星です。聖心女子大で洗礼まで受けたこの方にピッタリです。しかし、自業自得とは言え、一
人娘の黒田清子さまにも、見放されたのはさびしくて哀れです。サーヤは「自分に対する母親の依存の強さに嫌気がさしていたそうです。本音は「もう私に依存するのは止めて」と言ったところでしょう。女親が、一人娘に甘えるのは世の常で
す。しかし、聡明な清子さまから見限られるとは、余程我慢できないことが有ったのでしょう。清子さまは両親を見限って、夫婦そろって、秋篠宮邸に定期的に訪問しているようです。眞子、佳子両内親王からは子供のころから「ねえね」と呼ば
れて、家族同然のお付き合いでした。清子さまは、ご自分の「皇室の有り方」というか、「皇室論」をお持ちで、かなり、率直に、雅子碑にも直言したらしいですか、そこは、雅子のこと、「逆恨み」をしちゃったそうです。
正官と印綬が、パワーラインを形成します。組織の中で相当の所まで出世する暗示です。1個の正官と正財と偏財が二重にパワーラインを形成します。【正官と財星のパワーライン】です。組織を抑え込む力が有ります。今、既に、皇族には抵抗
するものもなく、【事実上の女帝】です。日本皇室史上初の女帝です(笑)過去には女性天皇も何人かいましたが、皆未婚でした。ですから、女性天皇です、皇后さまは今上陛下という配偶者がいるのに、【皇室を事実上牛耳っています】
寡宿(かしゅく)が有ります。【何かと露骨なふるまいをする人】です。悠仁親王に、靴の片方しかプレゼントしない。「後は大きくなってからね」・・・まるで悠仁親王に成人してほしくないのかと言わんばかりです。「暗殺でもする気ですか
ね」この皇后さんは、一番怖かった昭和天皇は辛抱強く死ぬのを待って、先帝様死後、車椅子の人となり弱った香洵皇大后には、最も信頼していた女官を、皇后さまが強引に解雇し、寂しくなった皇太后が、その女官と電話で話しているとき、侍
従に命じて、電話を無理やり取り上げるなどの暴挙をして、皇太后を失意のどん底に落とし込み、死に追い込みました。
そして、次のターゲットが、髭の殿下と親しまれた三笠宮仁殿下です。仁殿下は、昭和大帝を心から尊敬していましたから、平成の世になって、美智子皇后主導で皇室が「本来あるべき姿」から、著しく変質していくのに強く悩まれていまし
た。率直なと人殿下のことだから、一度ぐらいは今上陛下に直言したであろうことは想像に難くありません。しかし、皇后様の尻にひかれている今上陛下では暖簾に腕押しだったでしょう。
仁殿下は、ストレスが溜まって、アルコール依存症になり、それを止めた妻の信子妃(麻生元総理の妹)とも険悪な関係となり。DVまで振るうようになりました。ガン末期の仁殿下は、意地になり、喪主を、信子妃を外して、長女の彬子女
王を任命しました。娘たち二人、彬子女王と、瑤子女王は父親側につき、挙句の果てに、母親の信子妃を皇室から追放するクーデターまで起こしかけました。
こうした、三笠宮家の内紛を、皇后さまは、一か月前の週刊文春で「非常に憂い手おります」などと白々しくおっしゃっていましたが、三笠宮仁殿下の年齢にしてはお早い薨去と死後の内紛の原因は全て皇后様に有ります。ご自分でも自覚が有
って、ああいう白々しいコメントをしたのでしょう。
昭和大帝も香洵皇后も逝き、唯一の目の上のたんこぶの三笠宮仁殿下も薨去されて、皇族内に、自分に反抗する勢力はいなくなりました。仁殿下が無くなった2012年から「女帝」の地位と権力を固めたのです。
皇后様の性格を表すのは日柱十二運の「沐浴(もくよく)」で説明できます。私の師匠は、わかりやすく【行動型】と名付けました。特徴は
①人間には「敵」と「味方」しかいない。
②やられたら、必ずしっぺ返しをする。
③気に食わない部下は、即刻飛ばしてしまう。
④逆境に強い
以上です。
「苛められて、めそめそ」なんて、柔な女ではないんですよ(笑)
私の最愛の亡父がこの性格類型だったので、良くわかります。生前、口げんかなどをしたら、しばらくして必ず言い返してきました。ご近所づきあいでも好き嫌いは非常にはっきりしていました。サラリーマン時代も逆らう部下はあっという間
に飛ばしていました。非常に逆境に強い人でした。
東宮ともども世話になった侍従はいつの日か、皇后様にとっては、「敵」になったのでしょう。その侍従の葬式を無視し、浩宮にも行かせませんでした。
「聖書事件」でこっぴどく先帝様に叱責された時は、ひれ伏したと言われていましたが、それも何のこと、写真では、昭和天皇お言葉の最中香洵皇后が低頭するなか、美智子皇后は意地を張って低頭を拒否し続けました。
今や、外にお出ましの時は、自分が颯爽とせんとうを切ってお歩きになり、後からおつきの物の様に今上陛下がついて言っています。歴代の皇后は、香洵皇后の様に、天皇陛下の三歩後ろを歩き、お言葉中は、低頭が常識でした。
そもそも、沐浴(もくよく)という言葉は、風呂に入る、湯あみするという意味なので、【行動型】の人は、外で、チョンボしたり、いじめられたりしたら、家に帰って、風呂場に行き、素っ裸になって、頭からお湯をかぶり、もう一度やって
やるぞという逆境に強い性格です。何度負けてもくじけずこのパターンを繰り返します。
沐浴=【行動型】の有名人には、元総理の田中角栄と、岸信介(安倍総理の祖父)がいました。田中角栄はロッキード事件で逮捕され、保釈金で釈放された後は、自分の足を引っ張った、政治家には次の衆院選で必ず対抗候補を立てて、落選さ
せてしまいました。
皇后さまもきつく、露骨な性格なので、男に生まれ、政治家になればベストだったと思います。
そういう怖い人ですから、秋篠宮ご一家は千代田(皇居)には、あまり行かないほうが良いでしょう。悠仁親王が毒殺される恐れがあります。どうせ、ご機嫌伺いに行っても、両陛下ともに、次は東宮―愛子ラインで行くという発言があちこち
から漏れ伝わってきていますから。お伺いしても無意味です。悠仁親王がご誕生遊ばせた時の、今上陛下のお言葉が、「健康な男児が生まれてよかった」からですね~(笑)男児じゃなくて【親王】ではないでしょうか。
「美智子は、愛子に継がせたいんだよ」などの発言もありました。
そもそも、皇后様入内に際して、GHQや媚米クリスチャンの圧力が有ったとしても、最悪の入内でしたね。美智子皇后の入内も、皇室を内部から壊してゆく、GHQ-ユダヤ勢力―共産主義者のフランクフルト学派の深慮遠謀でした。
フランクフルト学派については、過去記事で詳説してあるので後で読んでおいてください。
よりによって聖心女子大で、カトリックの洗礼まで受けた女性。神道の大本山に嫁ぐのに、キリスト教の洗礼まで受けた女。入内するためにはカトリックを棄教すべきでしたね。おまけに皇居に「聖書」を持ち込む常識の無さ。
挙句に、義弟の義宮(現、常陸宮)まで、キリスト教を勧誘して、昭和天皇の逆鱗に触れる。
カトリックの女子がいれば聞きたいですが、洗礼まで受けていれば、棄教は困難なのでしょうか?
普通の日本人ならば、信仰の対象がマリア様でも、日本人として皇室と神道に敬愛はもてるはずです。
おまけに、入内交渉の時放った、実母正田富美子の言葉「子供のころから、天皇家が偉いという教育はしてません」度肝を抜かれましたが、良く考えてみると、この問題発言は部落解放同盟の主張と同じです。
部落解放同盟は、【天皇制を否定】していますから。雅子碑入内事件の時に勝るとも劣らない【無理な入内】だったんですね。ただ敢えて良い点は3人子供を産んで、一人を除けば、二人は非常に優秀だという事です。
本日、お誕生日だそうで、左翼公共放送のNHKの質問について回答らしきものをやっていました。それを論難したいと思います。
(皇后様)今年は自然災害が多かった。
(伏見)それは皇后さまが祭祀を極度に簡略化して、サボタージュされてきたからではありませんか?平成になって、巨大災害ばかりです。昭和時代は平和でした。魂を込めて誠心誠意祭祀をされましたか?
鬼怒川の決壊には、被災地の御慰問にいかれましたか?
(皇后様)今年は戦後70周年に当たり、孫の愛子と戦争について話しました。
(伏見)2番目の回答に早速愛子様ですか(笑)余程、「愛子女帝計画」にご執心なのですね。将来の天皇になることが約束されている悠仁親王に関しては、4番目の回答でほんの付け足しに出てくる程度。皇位継承順位についての挑戦ですか?
私からの要望を謹んで言上します。
①もう、お遊びの公務は止めて、皇后としての祭祀を紀子妃殿下に間違いなく全て、お引継ぎを完了してください。皇后さまが、皇室の祭祀を絶やすために、引き継ぎもせずあの世に持っていく所存であることは既にわかっています。
②バチカンを意識した、品の無い皿型帽子は即刻お止め下さい。もしやめる意思が無いのなら、今後海外でのご公務はもう結構です。東宮同様(知性の問題)世界の王室貴族から笑いものになっています。皇居をバチカンのアジア支店にしな
③いでください。世界の常識では日本皇帝(天皇)はローマ教皇を超えた、世界最高の権威です。海外で身分もわからない一司祭に深々と礼をすることは金輪際お止め下さい。
④完全に昼夜逆転し、徹夜して朝の8時に就寝する皇太子妃にどのような公務をさせるかのお考えを国民に明確に説明してください。
それでは、皇后様の向こう7年の運気を見ていきましょう。
2015年 81歳 乙未 劫財の年・・・一年を通して疲れ切る年でした。8月9日の宮内庁病院で心筋虚血の検査を受けたのも関係しているでしょう。
2016年 82歳 丙申 食神の年・・・一年を通してのんびり過ごせるでしょう。
2017年 83歳 丁酉 傷官の年・・・けじめをつけられる厳しい年です。天干の丁と命式の未で丁未になり羊刃を呼び込みます。不慮の事故にも注意です。
2018年 84歳 戊戌 偏財 空亡の2年間が始まりました。持病の心臓病の悪化にご注意です。
2019年 85歳 己亥 正財 空亡の2年目です。
大運を見ると、84歳~94歳は、乙丑―劫財 -冠帯で、劫財の10年間ですから、かなりしんどい10年間です。
皇后さまは再来年、2017年に大きな変化にさらされるでしょう。そして、この年が【皇室問題】が政治問題として本格的に動き出すときです。ですから、秋篠宮殿下擁立派の保守日本人は、諦めずに、鑑定に、廃太子、廃妃のメールを辛抱強く一人でも
多く、根気よく送り続けたほうが良いでしょう。
以上
以上
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harunohi807@gmail.com